中3生の様子
表面的な明るさの奥底に、不安や焦りが見えます。
それらを振り切ろうと、気を紛らわせようと、生徒は目の前にある課題にただただ懸命に取り組みます。
もちろん、高校、大学を目指す受験生たちの話です。
その不安や焦りを口に出すと、それらに負けてしまうと考えているからでしょうか。
日に日に表情が暗くなっていく者たちもいます。
口に出さずとも滲み出てくるのです。
私たちにできるのは、あきらめない姿勢を見せることです。
「頑張れ!諦めるな!」と言う代わりに、絶対に諦めない執念を見せることです。
誰一人置いていく気はありません。絶対に全員で合格する。
そう決めて
そういった執念でもって
受験日までの一日一日を生徒たちと過ごしています。
今、この一日一日の瞬間に青春をぶつける。
苦しいときにこそ、前を向いて、諦めずにやることの大切さを知る。
長い人生の中で受験は、子どもたちにとって、
結果以外に、
その存在自体が、
とても大切な意味を持っているのだと気づかせてくれます。
だから一緒に、頑張ろう。
Chage&Aska / PRIDE (1989)
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時の流れに…まだ身は任せないけどね
先日、Cメールという最近はあまり使わない機能を使ってメールをしてきた子がいました。
「子」といっても、現在23歳の元英明塾生で六花亭に勤めている女の子なので、「子」というのはちょっと失礼なのですが、まぁ教え子なので「子」でいいでしょう。
その子は越川ユカ(仮名?)という、今から8年前に中学3年生だった生徒で、高校を卒業してすぐに働き始めた子なのですが、実際に会うのは、どうでしょう…3年とか4年ぶりな気がします。覚えていませんけど。
それでその越川ですが、妹のリサ(仮名)も小5生くらいから中3生まで英明塾に来てまして、とわの森高校に進み、現在大学3年生で、函館の教育大学に行っています。
ちなみに、弟のタクヤ(仮名)も来ていました。現在工業高校です。
ふと振り返ると、何とも1つの家と長~く付き合う英明塾ですね。非常にうれしいことです。
さて、話は戻りますが、件の姉ユカからCメールが届き、内容が「英語を教えてください」とのこと。なんだい?六花亭の海外事業部(があるか知らないけれど)にでも行くのか?と思ったのですが、昨日℡が南に来まして、どうやらそうではなく「私、妹(リサ)とオーストラリアへ行く!」と。それも「会社辞める!」と言い出すので、さすがにこれはビックリでしたが、とりあえず南へ来い、と伝えて℡を切りました。
それで久しぶりの再会を果たしたのですが、まぁ化粧は濃くなっていても、中身はそんなに変わっていなく(いやいや大人になりました)、たいして懐かしさも感じずに、その時の生徒たちの情報を聞きながら(すでに結婚し、子供がいる子が3人ほど)、オーストラリアにいくことになった経緯を聞いたのですが、まぁ海外へ行くこと自体が素晴らしい経験になるので、理由は実は何でもよいです。
それにユカの場合は、この5年間で自分で稼いだお金で行くというのだから、誰も文句は言いません。
これってすごいバイタリティだと思います。六花亭といえば全国的にも名の知れた一流の企業です。ややもするとそういった「名」を中心に考えてしまうのですが、ユカはそんなことではなく、自分自身の進みたい方向へ自力で進もうとするのです。
我が教え子ながら、素晴らしい考え方で生きているなぁと本気で感心します。もっとも、越川家(仮名)の両親の教えがすごいのですけれどね。これが自立した生き方なんだと思います。自主独立、一身独立です。
もう一つ思ったのが、時の流れというのは確実にあるもので、ユカが卒業してから8年というのもそうなのですが、南の森校ができてから5年経過し、設立時に小6生で入塾して来た生徒が今年高3生、つまり大学受験に向かうのです。当然の時間の流れですけど、なんというか不思議な感じがしますね。
最初の印象というのはなかなか消えないものですが、彼らは僕の知らないところで大きな成長をしているのだと思うと、それはそれでさびしくもあり、うれしくもありです。でも、うん、うれしさのほうが大きいですね。それに、卒業していって社会人になった子たちにまだ教えらえれることがあり、伝えられることがあるのは、こういう仕事をしている者の醍醐味でもありますし、やっぱりとてもうれしいことです。
さて、そのユカさんですが、4月中旬に出発するとのこと。それまでに何度か会う機会もあるのでしょうが、最初の印象がすっと残っているのはきっと彼女にとっても同じことでしょうから、やはりいつまでも山田先生は山田先生であり続けたいなと思う昨日でありました。
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冬のかわいい訪問者
- 2012-01-31 (火)
- 大澤先生 | 講師
- 投稿者:大澤先生(ミスター)
先週の日曜日、自宅の庭にエゾリス君が遊びに来ました。
リンゴの木の実をくわえて帰っていきました。
シマリスは冬眠するけど、エゾリスは冬眠しないよ。知ってた?
↓どこにいるかわかりますか?
エゾリスの映像はこちら↓
http://www.youtube.com/watch?v=XSi9zmnBID0&context=C35c220aADOEgsToPDskL_lIqtj0iFML8kxB_t8Qlq
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私生活
南の高校生から、普段の生活を書いて下さいとの要望があったので、
今日1日を振り返ってみます。
7:30 起床
8:00 洗濯物まわす
8:30 朝ご飯
9:00 洗濯物を干す、水回りの掃除
(基本は、トリコとワンピースを観ながら…)
10:00 着替える 出かける準備
10:30 図書館に行く
途中で氷まつりを発見!
そうか今日だったのか…忘れてた。と独り言をつぶやきながら、到着。
勉強部屋に行くが、静かすぎて断念&図書カードを忘れるという失態。
本を読もうとするが、借りれないという現実にあまり気分がのらない
11:30 結局図書館を出て、ますやへ
(昼ごはんGET)
12:00 西校舎に到着
(どこかの校舎がPCカタカタできることに気が付く)
12:10 他の先生とご飯を一緒に食べる。
(やっぱり一人より大勢がいい)
12:30 PCカタカタ
16:00 今に至る
という1日でした。我ながら何もなくて、びっくりしました。
今日はたまたま図書館に行く予定があったので行きましたが、
普段は、家で映画を観てるか本を読んでます。
どこか日向ぼっこのできる空間を教えてください。(校舎以外で)
帯広じゃなくてもいいです。おすすめ待ってます。
で、あともう一つ、お勧めの本ありますか?
ということで、私が高校生の時に読んで感銘を受けた本を紹介します。
短いお話しなので、いつでもどうぞ
②ゲド戦記
探してください。ちょっと長いのですが、時間があったらぜひ。
ちなみに中学生へのお勧めは…映画「学校Ⅳ 十五才」山田洋次監督です。
ゲオでビデオのみ借りれます。
今日はこの辺で!しょうもない日記ですみません。
みなさん、残りの日曜日を楽しんでください!!
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センター試験を終え…
南の森校の高3生もセンター試験を終え、ほっと一息…している間もなく、お昼を食べたらすぐに2次試験及び私立試験に向け勉強です。
もちろん、講師陣も各試験の対策に必死な日々が続いております。
しかし、彼らは決してくじけることは許されない。
なぜなら、これは自分のための戦いだからだ。
そして、後輩たちも見ている。
「私たちの入試は3月6日。」
「先輩達に続くぞ!」
そんな声が聞こえてきそうな今日この頃です。
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仁王様
- 2012-01-22 (日)
- 大澤先生 | 講師
- 投稿者:大澤先生(ミスター)
『神様のカルテ』(小学館 夏川草介著)を読んで心にずんずんと響いた部分がある。
信州にある24時間、365日対応の地方都市基幹病院で、働く若い医師の話であるが、主人公を取り巻く人間模様も絶妙におもしろく、読んだあとにすがすがしい気持ちにさせてくれた本は久しぶりだった。この中で何日も気になった部分は、次のような部分である。
「ふと思い出した。
子どもの頃に読んだ心に残る短編がある。
寺の山門で、仏師が仁王を彫る話である。仏師は、実に無造作に鑿を使い、一打ちごとにたちまち眉が、たちまち鼻が浮かび現われる。
見物人がその手並みに驚嘆すると別の若者が次のようなことを言う。
「あれは」木に仁王を彫り込むんじゃない。最初から木の中に仁王が埋まっているのを掘り出すだけだから、容易なものなのだ」と。
不思議なことを言う。
土に埋まった石を掘り出すようなものだから、間違えようもないのだと言う。
子ども心にも私は呆然として、のち何度も読み返したことを思い出す。
思えば私の仕事も同じようなものかもしれない。
点滴やら抗生剤やらを用いて、絶える命を引き延ばしているなどと考えては傲慢だ。もとより寿命なるものは人知の及ぶところではない。最初から定めが決まっている。土に埋もれた定められた命を、掘り起こし光を当て、よりよい最後の時を作り出していく。医師とはそういう存在ではないか。
いささか無力にすぎると言われるかもしれないが、私の中にその考えを力強く肯定する何者かがいることも事実だ。・・・中略・・・
ただ、亡くなる二日前にみせてくれた田川さんのおだやかな笑顔は、時とともにより鮮明になってくる。多忙の中に置き去りにされていたささやかな記憶たちが、時間という化学変化をうけて、より鮮やかな色彩をもって立ち上がってくる。
この心温まる記憶こそ、我々が医学という名の鑿と槌をもって、病魔の土から掘り起こした命の形なのではないかと思う。」
仁王様を「彫り込むのではなく、掘り出すだけ。」というもの。活きているかのごとく精巧にできあがる姿が浮かぶ。まさに神業としか言いようのないできである。仏師は、きっと木の中に埋まっている仁王様の姿をお見通しなのであろう。
主人公が医療の立場で同じだと感じたように、教育という現場で働く私にとっても、子どもたちを教えていくことも同じだと感じたのだ。常日頃感じていたことを見事に言葉として書いている。子どもたちを教え、導いていくことは自分たちが変えていくのではない。子どもたちの中にある能力や才能を先生が引き出すことだ。
教育を英語でeducation というがこの動詞形のeducate の語源は、ラテン語eductus(外へ+ducere導く+-ATE1=能力を導き出す)で子どもたちの能力を引き出すことである。
つまり、子どもに能力や才能を彫り込むのではなく、子どもの身体に眠った能力や才能という仁王様を掘り出すのだ。
私たちがしていることは、教育という名の鑿と槌をもって子どもの身体という土から掘り起こすことなのだ。ただ、仏師が掘る仁王様と違うの点は、子どもの中の仁王様は人それぞれでさらに小さな荒削りの仁王様だ。見つけられないほど小さなものもあるし、複数ある場合もある。教育とはその小さな王様を見つけて、掘り出し、眠りから覚まさせ、子どもたちと一緒に彫り込み、さらに肉付けしていくことかもしれない。
今後もしっかりと子どもたちの中に眠った仁王様を掘り出していきたい。
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西谷先生
- 2012-01-17 (火)
- 大澤先生 | 講師
- 投稿者:大澤先生(ミスター)
本日、代ゼミ講師の西谷先生より、電話をいただきました。
しばらく、お逢いしていないなと思いながら、先生がホームページでブログを始めたことなど、いろいろと話をしておりました。
声の感じは、相変わらずお元気そうでした。
激励の言葉をいただき、感謝の念でいっぱいであります。
受験生の諸君、ガンバレ!
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最後は…気持ちですよ
受験に、テストに、模試に…とこの時期は、これまでやってきた「自分」を試すことが多くなるわけですが、ここまで来ると、技とか、知識とか、そういうものも大事ですが、やっぱりメンタルだなと思います。
リラックスして…なんていうのはかなり余裕のある人か、KYかのどちらかだと思うのですが、緊張するのは当然なことで、その緊張感をどれだけコントロールするか、というか、慣れなのかなぁと思います。だからテスト慣れというのは、やはり必要なんですね。ちょっとイヤだけど。
それでやっぱり、本番の強い人もいるわけで、とはいってもこれまで「したことない」ことがいきなりできるわけでもなく、でも「初めてできた」みたいなことも起こることがあって、その差っていったいなんなのかなぁ、と考えると、メンタルのちがいなんですね、やっぱり。あとは、経験してきたことをいきなりその場で「組み合わせることができた」というような、土壇場だからこそ組み上げることができたパズルのようなものかもしれませんけど。まぁこれは、「運」の類かもしれませんけど。
それで、そのメンタルのちがいって、挫折の多さに比例して、普段の学習からどれだけ打ちのめされて、でも克服してきて、さらに打ちのめされて、また克服して…の繰り返しが、学習面におけるメンタルの強さを鍛えているような気がします。〇の多さよりも、×のやり直しのほうが力が付くように思います。もっとも、×のやり直しがマズイと、メンタルは鍛えられることはないんですけどね。
だからあとは、どれだけ自分自身のやってきたことを信じることができるかどうかなのだと思います。
残される我々にできることは、生徒自身を信じることだけしかないですから、受験する方も、それを待つ方もやることは一つなんですね。
これまでしてきたことを愚直に進めることが、合格への王道なのかもしれません。
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新しいって素晴らしい
お久しぶりです 山田です
2012年になり、早や5日経ちました。今年もあと360日ですね。
年々1年経過のスピードが上がってきているような気がします。
10歳の子にとって、1年は「10分の1」の長さですが、
38歳の人にとって、1年は「38分の1」の長さですからねぇ…短いですよねぇ…。
とはいえ、1分、1時間、1日の時間の経過のスピードは誰にとっても平等で、誰にとっても無常なものだから、日々というか、時々を過ごす心持ちを強く持ちたいものです。
あれやこれやとしたいことが山のように出てくるたびに、「今の在り方」を考えます。
夢を叶えるために努力ができるのか
努力を続ける中で夢が叶うのか
まぁ同じようなことだと思うのですが、今の在り方が果たしてどちらなのかなぁと徒然に思います。
未来へ続く今なのか
過去から続いてきたのが今なのか
叶えたいと切に願った今になっているのか
今を見て叶った願いと言えるのか
新しい今になっているのか
今を新しいと思えるのか
そんなことが頭の中を右往左往していきます
まぁいずれにせよ、誰かに任せる人生を歩むわけではないので、
今が最終形じゃないことだけがわかっていればいいのかなと思います
着ているものや持っているものがどんなに新しくなっても、あまり意味はなく、
やはり努力と心を常に新しく成長していきたいですね
そんなこんなで2012年も新しい英明塾を作ることを楽しみたいと思います
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